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奥能登清酒のご案内

奥能登清酒の約束

奥能登清酒は、能登杜氏が造ります。
奥能登清酒は、能登の水が造ります。
奥能登清酒は、能登の風土が育てて行きます。

奥能登で生まれ育った能登杜氏が醸す清酒には、やさしい口当たりなのにしっかりとした味わいがあります。奥能登の大地がろ過した水は綺麗な酒を育て、日本海の強い風は力強い旨みを出します。海の幸、大地の幸が豊富な当地の奥深い食文化が、食を一層楽しくする酒を育て続けてきました。
 もっとおいしく食事を楽しみたい方に是非のんでいただいきたいと丁寧に醸し続けています。

能登杜氏

能登杜氏は、珠洲・内浦を中心とする能登地区の男性が造る能登流酒造りの専門家集団です。藩政時代に冬場の出稼ぎとして始まり、明治時代には技術の高さと勤勉な働き振りから全国に知られるようになりました。
昭和初期には能登杜氏組合には杜氏や蔵人が2000人以上が加盟し、北陸三県はもとより、滋賀、京都、愛知、三重、静岡や北海道、シンガポールにまで酒造りに出て行きました。現在組合には80余名が所属し、南部杜氏、越後杜氏、但馬杜氏とともに四大 杜氏と評されています。
能登杜氏には多彩な人材がそろっています。特に定評をいただいている吟醸造りでは右に出るものはいないと賞賛をいただくことも少なくありません。

杜氏

以前は清酒の特性と管理技術の未熟さから、全国的に酒を腐らせしまうことが少なくありませんでした。そのため政府が酒造技術の向上を図ることを主な目的として杜氏組合の結成を推進していきました。杜氏個人の醸し方には微妙な差異がありますが、地域に伝わる独自の酒造りのノウハウは踏襲されており、酒造りの系統が守られています。

<四大杜氏>

能登杜氏

前述

南部杜氏

岩手県石鳥谷町が発祥の地。浅井長政らにより「不来坊」の地に盛岡城が築城されて以来、南部地方の酒造りが発達しました。全国で活躍する南部杜氏は400人近くと全国最多を誇り、酒造従事者を含めると1300名に及びます。

越後杜氏

岩新潟県三島郡寺泊野積が有名。他に、三島郡越路町、小千谷市、中頸郡柿崎町、同郡吉川町が越後杜氏の出身地となっています。300名近くの杜氏がおり、全国21都道府県で日本酒造りの技を伝え、銘酒を造り出しています。新潟だけでも100を越える蔵元が酒造りを行っています。

但馬杜氏

兵庫北部の美方郡が中心。この辺りは冬期の積雪が多く農業を行えないため、古くから出稼ぎとして酒造業に携わる者が多くいました。現在杜氏は170余名で、南部杜氏、越後杜氏に次いで多数です。

奥能登清酒

越後杜氏の「淡麗辛口」に対して能登杜氏は「濃醇華麗」といわれることがあります。ふくよかな旨みと爽やかな飲み口を併せ持つ稀有な酒といわれます。飲めば飲むほどに楽しい、旨口の酒は伝統的な能登流儀の成果です。
以前は能登の酒は甘いといわれた時代がありました。確かにどっしりとして甘いと万人が言う酒造りの時代が長く続きましたが、生活者の食嗜好の変化や多様な酒類の登場によって求められる味わいが変化したことに伴い、この10年から20年の間に味の仕立ても変化しています。辛口といわれる能登の酒も随分と出てきました。なくてはならないものだからこそ、時代に合わせ、愛され成長していきます。
私たちの奥能登清酒は、能登流儀を大切に守りながら日々研鑽しています。

<鳳珠酒造組合>に所属する奥能登清酒酒造のご紹介

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